Saturday, September 26, 2009

今日は伊勢湾台風が襲来した日だ。

どうも歳を重ねていくと昔のことが鮮明となってくる。アルツハイマー症候群なのか。

そこで過去の記憶で覚えていることの一つが伊勢湾台風である。1959年9月26日その台風に遭遇する。僕は1953年生まれ、この歳は幼稚園か小学校1年の時である。僕の家は名古屋北部の町にあった。台風が近づいてくると親は雨戸の上から木片で全て被い台風に備えた。台風が接近している時の思い出はない。何か一つのイベントが起ころうとして怖いとか大変だとかの感情は無く、むしろ楽しみにも似た気持ちがあった。

そして台風が去って明くる日表に出ると世の中が一変していた。町は荒廃し、樹木は倒れ、電線はぶら下がり、看板は朽ち、家は半崩壊になっていた。
お袋の叔母が名古屋の南に住んでいた。電話も無い時代、親は心配したのであろう。次の日かその明くる日かにその叔母の家に向かった。僕も付いていく。名古屋の南に熱田神宮があり、そこまで水が迫っていた。江戸時代には熱田神宮まで海があった。ちょうど江戸時代の海岸線なってしまった。そこでボートに乗り叔母の家へ。叔母の家に行くまで水は臭く、色々なものが浮いていた。中には死体もあったのではないか?叔母の家は2階建てでその屋根裏に家族全員避難していた。

 この伊勢湾台風について調べてみた。接近時の中心気圧は900ヘクトパスカルを下回り、夕刻、さほど衰えないまま紀伊半島に上陸する。
停電で情報が途絶える中、南からの暴風に乗って5メートルもの高潮が襲った。港の貯木場から流れ出た巨木が家々をつぶし、死者・不明者は名古屋市の低地を中心に5098人。伊勢湾台風の名がついたのは4日後である。阪神大震災まで、これが戦後最悪の天変地異だった。